コラム「危機管理を間違えると信頼は失墜」―落語をヒントにコミュニケーションのコツをつかむ―【15】

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コラム「危機管理を間違えると信頼は失墜」―落語をヒントにコミュニケーションのコツをつかむ―【15】

 近年、落語の人気が急上昇。この落語ブームにあやかって、落語に見るコミュニケーション術を、本コラムではお話ししていきます。
(文/山田敏弘〔岐阜大学教育学部教授、専門:日本語学・方言学〕)

今後のことを考え、まずは相手に誠意を見せる

 昨今、危機管理を間違えたために、哀れな展開に至った場面をテレビなどでしばしば見ます。謝りに行くのに服装や言動を間違えたり、ないと言っていた書類が出てきて苦しい言い訳をしたりと、個人としてのみならず、所属する組織に対する信頼をも失墜させています。この人たちが、もし落語を聴いていたら、こんな無様なことにならないのにと、残念に思うこともしばしばです。

 「寝床」は、三代目古今亭志ん朝が得意とした演目のひとつですが、今回はこの噺(はなし)から危機管理を学んでみましょう。素人浄瑠璃を人に聴かせたがる大家が今晩、浄瑠璃を語るからと言って店子を集めさせようとします。これが最初の危機なのですが、皆が大家の下手さをよく知っているため、誰も聞きたがりません。無理な要求には機嫌を損ねず、のらりくらりと身をかわす術が様々に語られます。

 こうして店子はまだしも、大家の店の奉公人も含めて皆が断るものだから、大家はへそを曲げます。絶対権力者の大家が店子を追い出し、奉公人はクビにすると言い渡す。ここで、この噺の最大の危機が訪れます。

 無理な要求でも今後のことを考えて、番頭が「皆が聴きたがっています」と嘘も方便を繰り出し、大家をおだてて浄瑠璃を語らせようとします。もちろん、嘘は嘘で別の問題を引き起こしますが、まずは相手に誠意を見せるという目的は達します。

 そして、またも降りかかる次なる危機。大げさに言うならば、大家の浄瑠璃を聴くのは命がけで奇病にかかった者さえいると、これを皆が酔っ払ってそのようなふりをすることで回避しようとします。フェイクニュースに右往左往し、自らに降りかかる影響を最小限にとどめようとする滑稽さは笑えますが、自己防衛策は見習うべきところがあります。

 もちろん、謝罪会見に酔っ払って出たらとんでもないことになりますが、都合が悪くなると雲隠れしてしまう政治家などは、じっとほとぼりが冷めるのを待つ術を知っています。

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