イギリス流のストレスの少ない働き方 ~ロンドン五輪に携わった建築家・山嵜一也さんに聞く~【1】

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イギリス流のストレスの少ない働き方 ~ロンドン五輪に携わった建築家・山嵜一也さんに聞く~【1】
ロンドン市内を流れるテムズ川のタワー・ブリッジには巨大な五輪の輪がつるされた 写真提供/山嵜一也さん

 日本国内の大学院を修了し(建築を専攻)、10カ月間日本の設計事務所で働いた後、2001年に渡英した建築家の山嵜一也さん。以降12年間、イギリスの建築事務所で働き、12年に開催したロンドン五輪の競技場の設計などにも携わりました。イギリスでの生活や働き方、五輪へかかわった経験などをまとめた書籍『イギリス人の、割り切ってシンプルな働き方』(16年5月、KADOKAWA発行)も話題です。

 「社会人1年目で海外に飛び出すことに不安はなかったのか?」「イギリスではどのように働いて、生活を送ったのか?」「日本人が参考になる働き方、キャリアの築き方はあるのか?」などについて話を聞きました。3回に分けて紹介します。海外で働きたいと考えている人、働き方や仕事の進め方に悩んでいる人などのヒントになるはずです。
※第2回は16年8月9日に掲載予定

 

☆山嵜一也さんのプロフィール
一級建築士。1974年東京都生まれ。芝浦工業大学大学院を修了後、レイモンド設計事務所を経て、2001年に渡英。03~12年に勤務したAllies and Morrison Architects(アライズ・アンド・モリソン・アーキテクツ)時代には、ロンドン五輪計画での誘致マスタープランの模型制作、レガシーマスタープラン、グリニッジ馬術&近代五種競技会場などに携わった。13年日本に帰国し、山嵜一也建築設計事務所を設立。女子美術大学(15年~現在)で非常勤講師を務める。著書に『イギリス人の、割り切ってシンプルな働き方』『そのまま使える 建築英語表現』(学芸出版社:9月発売)がある。

大学院修了直前、海外で仕事をすることを誘われたが……

 ――国内の大学院を修了し、10カ月ほど日本で働いた後、イギリスへ渡りました。もともと海外で働きたいと考えていたのですか?

 中学生の頃、外国人から道を尋ねられた経験が何度かあったのですが、その度にとっさに答えられず、悔しい思いをしました。家に帰って落ち着いて考えれば、それほど難しくはない文章なのに、なんで答えられないのかと。

 そのとき「受験の英語と会話の英語は違う。自分は話せるようになりたい」と思ったんです。そこで英会話学校に行ってみたのですが全くに身につかず……。これは海外に行くしかないと思っていました。

 しかし、高校に入学したら部活の野球が面白くなったり、大学でも建築の勉強が楽しかったりで、在学中に海外留学の機会を逃していました。「このまま海外生活や英語とは縁のない人生を送るのかな……」と考えていました。

 大学院生のとき、イギリスの建築学校が日本で開催したワークショップに日本側として参加しました。そこで同年代のブルガリア人と知り合い、「海外に行きたい」という話はしていたんです。大学院を修了する直前の3月末、たまたまその友人が来日して、「数人で借りているフラット(一軒家)の1部屋が空いている。本当に海外で仕事がしたければ、そこを拠点にすればいい」と言われました。

 ただ、自分が就職活動をした2000年くらいは就職氷河期。そんな中、採用予定がないところを特別に契約社員として入社を許してくれた設計事務所がありました。それを反故にするわけにはいかず、まずは日本で働こうと決めました。

入社1年目「とりあえず行こう」の気持ちで海外に出発

 ――入社して1年ほど経ったとき、どうしたのですか?

 正社員として採用してくれるという席上で上司に「海外で働きたいと考えている」と伝えたら、「それは挑戦したほうがいい!」と勧められました。すぐに、ブルガリア人の友人に連絡をして、仕事は何も決まっていませんでしたが、「とりあえず行こう、行かなかったら後悔する」という気持ちで出発しました。退路を断ったことで、必死にならざるを得ない状況を作りました。

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